蛇花神婚譚

第2章 婿が逃げた

Work by もっさん

「おお、ここにいたか。入れ違いになってしまったな」

妙に緊迫した空気を打ち破ったのは、居室の出入り口からひょっこり顔をだしてきたシャルカだった。相変わらずのんびりとした歩みで二人の間に割ってはいると、はふはふと興奮気味の少女に近寄りレヴィへと「ほれ」などと言って彼女を指し示す。

「この者がお前の結婚相手のフィーチェ嬢だ」

「え、あっ、はぁ!?」

二重の衝撃にレヴィはむせそうになりながらも驚愕の声を上げた。あまりの驚きに舌がもつれる。

「こ、この瓶底メガネ不審者が!?」

「はい! お会いできて光栄ですわレヴィさま! わたくしアシュブランテ様の眷属、ノイヴァ・フィーチェと申します。本日レヴィさまにお会いできるのを指折数えてずっと楽しみにしていましたわ。こんなに素敵な方が婚約者だなんてわたくしはなんて果報者なんでしょう!」

レヴィに負けじと声を張るのは瓶底メガネ不審者もといフィーチェである。彼女は今しがたレヴィに大変失礼な物言いをされてしまったのだが、告白の熱がオーバーヒートしているのか全く気にしていないようだった。顔を紅潮させてレヴィだけをしっかりと分厚いレンズに捉えて、何故か胸の前で握りこぶしを作っている。目を白黒させるレヴィとは相反して、どうしてかフィーチェと呼ばれた少女は気合満々だった。

そんな二人を傍でぼんやりと眺めているシャルカに助けを求めるように視線を向けるも、彼はうんうんと頷いてレヴィとフィーチェそれぞれの肩を抱く。

「最近のおなごは威勢がいいな。よいことだ」

いやこれ威勢がいいとかそういう程度の話ではない。もの言いたげなレヴィを無視してシャルカは続ける。

「さて顔合わせは済んだな。では、あとは若い二人で宜しく頼む」

 そうして止める間もなくさっさと部屋を出て行ってしまった。

「ちょっと待ってくださいよ! どうしろってんですか!!」

 シャルカの背を追いかけようとするレヴィの腕に素早くフィーチェが追いすがる。

「お会いできて光栄ですわレヴィさま! さあ、宜しく致しましょう」

「うわぁ、急に何!? っていうかさっきから本当に何!? どうして君は何からなにまでそんなに急なの!?」

本当になんなんだ、この急展開は。瓶底メガネの刺客に襲われるのかと思ったら、この子が俺の婚約者だって? 冗談ではない。全身ローブにくるまって気味の悪い風貌をしているし、猫背で姿勢が悪いせいなのか笑うと「ぐふふ」なんて言ってどもって聞き苦しいし。そしてなによりこの妙な対人距離の詰め方! 初対面の者に対する適切な距離感を知らないのか、はたまたわざとなのか、ベタベタと体を触って来て馴れ馴れしいことこの上ない。会って早々このような感情を抱くのも失礼な話だが正直、苦手なタイプだ。これ以上関わり合いになりたくない。こうなったらさっさとシャルカ様を追いかけて破談にしてもらうよう説得しよう。そうしよう。いや、そうするべきだ。

しかしレヴィが腕を振りほどこうとしてもフィーチェは蔓のように巻き付いてきて絡めた腕をけっして離そうとしない。

「何から何まで急で申し訳ありませんわ。レヴィさまにお会いできたのが嬉しくて、気持ちがあふれ出てしまいまして、つい!」

「申し訳ないと思ってるなら手を離して! 今! すぐ!! 俺行かなくちゃいけないの!」

レヴィが大声で喚くもフィーチェが怯む様子はない。それどころか更に腕に密着して頬ずりまでしてくる始末だ。彼女はレヴィの発言をどう勘違いしたのか、嬉しそうにぐふぐふと笑いながら問いかけてくる。

「まぁ嬉しい! どこに連れていて頂けるのですか? わたくしこのあたりは初めてですの」

そういうことじゃない。あまりの話の通じなさにレヴィは半泣きになってきた。初対面なのにどうしてここまで熱のある対応ができるんだと、彼女の思考回路の奇天烈さにくらくらしてくる。しかし負けてはいけないとレヴィは混乱極める頭の中で最後に残された冷静さをかき集めた。この状況を打破するにはどうすれば――

「あー! でっかい便所虫!」

部屋の片隅を指さしながら突如として叫び出したレヴィに、流石のフィーチェもびくりと動きがとまった。指さす方を確認しようと腕が緩んだその瞬間、レヴィはすばやく身を引き脱兎のごとく逃げ出す。当然だがフィーチェもすぐに気づいてぼてぼてと後を追ってきた。幸いなことに足は速いほうではないらしい。

「お待ちになって……あっ」

しかし絨毯に足をとられ、もつれた自分の足につまずき真正面から倒れてから、ぴくりとも動かなくなってしまった。既に回廊までつっきっていたレヴィは振り返りざまに倒れているフィーチェに気づき、一瞬ためらったが結局そのまま玄関口へと走っていく。

(ごめん!)

いつもならすぐに助け起こして背中をさするまでするところだが、今回ばかりは大きな罪悪感を抱きつつも見て見ぬふりをすることにした。後で会う機会があったらちゃんと謝っておこうと考えながら、心の中で手を合わせて謝罪する。

「…………痛いですわ」

そんなレヴィの遠くなっていく背中を見上げながら、広い部屋にフィーチェの情けない声だけがか細く消えていった。

纏わりつくフィーチェから逃れ勢いよく新居から飛び出したレヴィは、天空神の領域への門まで一目散に走っていった。が、その扉は固く閉ざされている。

「おい、誰かいないのか! 開けてくれ! レヴィアーナだ!」

いつもなら何も言わずとも己を迎えてくれる門扉は、今日に限ってうんともすんとも言わない。普段であれば名乗りをあげるより前に出迎えの者が出てきて、上級神たる己に恭しく頭を垂れて出迎えてくれるというのに。何故だか扉をいくら叩いても叩いても出迎えの者はおろか警備の者すら出てこなかった。これはどうやら意図的に無視されているらしいと気づいたレヴィは胸中で毒づいた。

(そうまでしますか、シャルカさま!)

どうにか門を開くことができないかと、押したり引いたり叩いたりと無駄な努力をする事しばらく。

「レヴィさま~」

「うわ出た!」

ぐふぐふと今一番聞きたくない声が響く。

「さ、わたくしたちの新居へ戻りましょう。もう離しませんわよ」

逃げ場を失ったレヴィはもう、強引な花嫁に引きずられるままに新居へ帰宅するしかなかった。

いまだ状況に混乱しているレヴィをしり目にフィーチェと名乗った少女は楽しげだ。まるでレヴィとの婚姻を待ち焦がれていたかのように、長年の恋情が爆発しているかのように振舞っている。

(なんでこんなにテンション高いんだ……?)

困惑しながら彼女を見ると今度は何やらもじもじとしだす。忙しい子だな。レヴィは少々げんなりしながら彼女を見やった。相変わらず俯きがちで目線も合わせないが、雰囲気だけは妙にはつらつとしている。そんなフィーチェにあれやこれやと話しかけられながら引きずられ、ついにレヴィは新居の居間、その真ん中にあるソファーへと後戻りしてしまった。先に座ったフィーチェの勢いに乗せられて腕をとられたままのレヴィもそのまま腰かけてしまう。

「あ、あのさ、ちょっと落ち着こうよ。とりあえず、腕を離してくれない?もう逃げないからさ……」

フィーチェからの強行突破を諦めたレヴィは、今度は懐柔策に打って出ることにした。とりあえずしばらくは従う振りをして隙を見てまた逃げ出そう。しかしレヴィのいう事が耳に通っていないのか、フィーチェは彼を全く離そうという素振りを見せない。それどころかがっちり、ぎっちりと今度こそは逃がさまいとしている。

「あの、聞いてる?」

おののきながらレヴィが尋ねるとフィーチェはその腕に頬ずりしながらこうのたまった。

「そうそう、わたくし、レヴィさまのためにお食事を用意していますの。こちらにいらしてくださいまし!」

「いや俺別に――ぐえっ!」

と、今度はレヴィの腕を持ちながら勢いよく立ち上がった。急な姿勢の転換にレヴィがうめき声を上げるのにも気づかず、ずんずんとフィーチェは奥の食卓の前まで彼を引きずっていき、両肩を鷲掴んで席へとつかせる。

「ささ、たんと召し上がってくださいませね。沢山作りましたのよ」

そしてテーブルへ明らかに食物には見えないものを置いていった。真っ黒に焦げて原型をとどめていない謎の物体、よく分からないがねばねばした塊、悪臭を放つ液体など、おおよそ人が食べるものではない。どう見ても失敗作である。無理やり食卓につかされたレヴィは息を詰まらせて、それらから顔を背けた。

「申し訳ないけど、俺今お腹すいてなくて」

「まぁ、レヴィ様のお好きなものばかり作りましたのに」

どこが!? どれが俺の好きなものなの!?というか人の話きいて!

叫びたくなる気持ちを抑えながら、それならとレヴィは流れに身を任せつつもこちらから水を向けてみることにした。

「代わりに君が食べなよ」

すると自身なさげに手元をもじもじとしていたフィーチェは

「わたくしは……結構ですわ」

と食事(と言えない何か)を仕方なしに片付け始めた。

(自分が食べられないくせに出してきたのか!)

 まずいと分かってるんじゃないか!と流しへ向かうフィーチェの背中に叩きつけたくなったが、そこはぐっと我慢して堪える。女の子、しかもついさっき知り合ったばかりの子にそんな無体な言い方は流石にできない。

『女の子には優しくするのよ。あなたは雷の男神。強い力をもった神様なんだから』

遠い記憶の中、優しく頭を撫でてくれた稲穂の姉ちゃんに泣きつきたくなりながら、レヴィは天井を仰いだ。帰りたい。いや、ここが今日から俺の家なんだっけ……

その後もフィーチェの甲斐甲斐しく、はた迷惑な奉仕は続いた。風呂に入ろうとすれば「お背中流します」と熱湯を掛けられるわ、寝所に入れば「寝付くまでの退屈しのぎに」と大音量で楽器をかき鳴らされるわと、散々だった。おまけに何をするにも引っ付き虫のようについてまわるのが大変鬱陶しい。「レヴィ様、レヴィ様。本日もいいお天気ですわね」

窓の外は雷が轟く豪雨である。なにが良い天気なものか。

兎にも角にもこのフィーチェとかいう娘、やること為すこと全てがちぐはぐだった。口では「お慕いしていますわ」とか豪語しながら徹底的にこちらの迷惑になることばかりしてくる。何もしてなくても瓶底メガネの分厚いレンズ越しにねっとりと視線を感じて気が休まらないというのに。

このままではどうにかなってしまいそうだ……!

そう感じたレヴィは仕事と嘘をついて出てきてしまった。さすがに仕事についてくるまではしないのか、「お早いお帰りを」と玄関口で大人しく見送ってくれた。

「やっと解放された……」

ぐったりしながら向かったのは天界の共有領域の一画、いつも友人達と暇を潰している庭園の東屋である。元の住居―天空神の領域―に戻れないならとすがるような気持ちで赴いたレヴィを迎えたのは、興味津々といった表情を隠しもしない二人の友人であった。

「聞いたよ~結婚したんだって? 奥さんどんな人? 可愛い? それとも綺麗系? なれそめ聞かせてよ~!」

そう言いながら両手を胸の前で握りしめ幼児のようにワクワクと、大柄な体躯に見合わない仕草をするのはアグマである。もう一人の友人、ロアは長椅子に寝転びながら感心したとばかりに声を掛けてくる。

「お前、俺たちとばかり遊んでるように見えて、ちゃっかりやることやってたんだな」

「誤解だ! 何もやってないし、結婚もしない!」

吠えるレヴィに友人二人はきょとんと顔を見合わせた。それもそのはずである。この天界のいたるところで「龍の一門レヴィアーナ様、ついにご結婚!?眉目秀麗、才気煥発な雷神を紫電のごとく射止めた女神はどこの誰か!」と既に話題で持ち切りである。

「一週間後に婚礼の宴だって聞いてるんだけど」

アグマの言葉になんだと!?とレヴィが目を剥いた。そしてすぐに頭を抱えて呻き始める。

「なんで俺の知らないところで話が進んでいるんだよ~……!」

「なんだよお前、結婚したくないのか?」

呑気にあくびをしながらロアが尋ねるとレヴィはこれまで我慢していた感情を爆発させて叫ぶ。

「当たり前だろ! 結婚って言ったって、好きな女の子とするならまだしも初めて会う子といきなり政略結婚しろなんて言われたら嫌だろ!」

「え、なに、面識なかったの?」

「いきなり知らない子が連れてこられたんだよ! こんな、分厚い眼鏡した根暗そうな子が!」

すっとんきょうな声を上げるアグマにレヴィはフィーチェの瓶底メガネを指で模しながら答える。

「ず~っと下向いたまんま後ろくっついてくるし、何かあったら「レヴィさま」、何もなくても「レヴィさま」つってナメクジみたいに纏わりついてくるんだぞ!」

堰を切ったように話し始めるレヴィに二人は圧倒されながら聞き入る。普段から個性の強い友人達に振り回され慣れている彼が、ここまで苛立ちを露わにするのも珍しい。二人は茶化す気持ちを一旦横に置いて、状況を整理するためにレヴィに先を促した。

「元々、付き合ってた子がいたんじゃなかったの?」

「だから、昨日会ったばっかりだよ!」

確認のために再び尋ねたアグマの言葉に、かぶせるようにして言い放つレヴィは最早やけくそ気味である。

「シャルカに抗議しなかったのか?」

続けてロアが尋ねる。天空神アルカ=シャルカ率いる龍の一門と、豊穣神アシュブランテを冠する恵みの一族の間で政略結婚が設けられたのは、なにもレヴィが初めてのことではない。レヴィの姉にあたるサメリもまた、かつて婚姻の申し合わせがあったのだが、彼女が猛抗議した末に破談になったと聞いた事がある。アシュブランテ側はどうだか知らないが、少なくともシャルカとしては本人の意思に大きく反する縁組を強行するタイプではない。

「抗議しようにもシャルカ様んところに行けなくなってんだよ! 昨日「結婚しろ」って一方的に言われて以降、一言も話してねぇよ!」

レヴィは幾度となく天空神の領域へと続くはずの門扉を叩いていたが、しかし、誰何の声すらなく静まり返った扉はついぞ一度も開く事はなかった。抗議しようにもシャルカ本人に会うことすらできないので、何もしようがない。事前の打診もなく唐突に何かを言い出す、またはやりだすことはシャルカにとっていつもの事なのだが、ここまで強引に事を進めるのはレヴィとて承服しかねる。

「なぁロア、お前から何とか口利きしてもらえないか? シャルカ様と同じ十二神だろ」

ロア―レヴィの目の前で不遜に寝転がっている男神―は炎神アグマや雷神レヴィとは神としての位が異なり、より上位の十二神と呼ばれる存在である。レヴィにとって上職にあたるシャルカと同位の神にあたる。領外に締め出されているレヴィよりも、よっぽど話が通りやすいだろう。

「無理だな」

しかしロアから返ってきたのは無情なひと言だった。

「管轄外の俺から何か言うなんてことは越権行為になる。まして神婚なんて大ごと、口出しできる訳がない」

それに、と続けるロアは眉を思いっきりしかめると

「……アシュブランテに殴られそうだから嫌だ」

と戦の神らしからぬ、まるで子供が親に怒られる時みたいな顔をしてレヴィの申し出を断った。

此度の神婚はシャルカの一存で決まっている訳ではない。当然、レヴィの相手側にあたるフィーチェの上職、豊穣神アシュブランテの意向によるものでもある。そこに割り込んで口出しするなど、ロアにはとてもできそうになかった。なにせ彼女は……。

「怖いもんね~……」

アグマの間の抜けた声が東屋にしんと響く。アシュブランテは三人にとって幼少期からなにかと面倒をみてもらっている母のような存在であり、同時に勇猛な女傑として大層名高い女神でもある。早い話が頭の上がらない存在であった。残念ながらロアとアグマの協力は得られそうにない。

「なんとかならないのか……このままじゃ頭がおかしくなる……」

そうはいっても逃げ場のないレヴィは、あの煩わしい花嫁の待つ新居に今日も帰らなければならない。

「レヴィさま~」と俯きがちなのに何故か声だけは妙にはつらつとした、不釣り合いな雰囲気で付いて回られ「お慕いしておりましたの、ずっと」「ずっとレヴィさまにお会いできる日を待ち焦がれていたのですわ」と過分なほどの愛の言葉をねっとりと浴びる生活に、戻らなければならない。

「というか~何でそんなにレヴィ君のこと、好き好き言うんだろね?」

沈みかけていたレヴィの思考を引き上げたのは、アグマの言である。

「初対面同士だったんでしょ?でも花嫁さん側は以前からレヴィ君のこと、知ってた口ぶりじゃん」

本当に面識なかったの? と尋ねるアグマにレヴィは勢いよく首を横に振る。

「あんな付きまとってくる子がいたら絶対記憶に残ってるはずだ。初対面なのは間違いない。」

それに一方的に想いを寄せられるのは何もこれが初めてのことではない。レヴィはもとよりロア、アグマたちはこの天界でも特に目立つ存在である。見目の良い年頃の男神が寄り集まっているのもそうだが、なにより彼らの神としての地位と有り余るほどに潤沢な神力は、他の女神たちの耳目を集める。初見の女神から交際を申し込まれたり、あるいは物言わず陰から媚びをつくるような熱視線をおくられたりするなど、露の数ほどあった。おおかたフィーチェとかいうあの娘もそのたぐいではなかろうか。

「でもそこ、ちゃーんと本人から聞いてみた方がいいんじゃない? 付きまとってきてうっとうしいからってずーっと避けっぱなしだと、余計に火がついて引っ付かれるだろうし。」

ずーっと、と鼻先に人差し指を突き付けてきたアグマにレヴィはぐっと言葉を詰まらせた。

確かに、一理ある。思えば昨日一日、彼女の猛攻に怯みっぱなしで禄に膝を突き合わせて話をしてこなかったのは事実である。しかし己の預かり知らぬ内に披露宴が決行されようとしているさなか、そんな悠長に構えていてもいいものか。できることなら今すぐにでも破談の打診をシャルカに申し入れたいぐらいなのに。

そうは言ってもなぁ……と渋るレヴィに今度はロアが声をかけた。

「シャルカに会えない以上はアシュブランテに話を通すしかないんじゃねぇの?」

「おたくの寄越した娘とじゃ結婚できませんってか? そんなの余計無理に決まってんだろ……」

考えただけでも恐ろしい。言ったが最後、脳天に拳をくらうこと確実である。いや、蹴りもくらうだろうか。再び頭を抱え始めたレヴィをロアとアグマは渋い顔で見つめた。他人事ながら親友の一人が苦悩している様を見るのは流石に心苦しい。ここに至ってすっかり野次馬根性が消沈した二人も頭をひねって何か得策がないかと考え始めた。シャルカに会えない、アシュブランテにも会わずに婚姻を破談にする方法……

「そんなの、花嫁に嫌われるのが一番手っ取り早いじゃない」

男三人が沈黙する東屋に突如、凛とした女性の声が響いた。声の方へ三人が顔を向けると、ちょうど東屋の入り口に一人の女神が呆れたような顔をして立っていた。

「ベレッツァ」

誰ともなく発せられた言葉に彼女は三人の顔を順繰りに見ると、ふんと形の良い鼻を鳴らしてつかつかと長椅子へと歩み寄る。アグマとレヴィがそれぞれ端に座っているそこの前にピタリと立ち止まり、二人を見下ろしながら

「どきなさいよ、詰めなさいよ、入れなさいよ」

とそれぞれを手で押しのけぎゅうぎゅうと自身を無理やり入れやった。一番細身のくせして一番態度が大きい姿勢でふんぞりかえる彼女の言葉をレヴィが反芻する。

「花嫁に嫌われるって?」

律儀に座るスペースを作ってやりながら尋ねると、ベレッツァと呼ばれた女神はアグマを肘置き代わりに頬杖をついて、そうよと返す。

「あんたの方から破談の申し込みができないなら、花嫁の方からさせればいいのよ。その様子じゃ、アシュブランテ様から花嫁の方へ面会謝絶にはしてないようだし。」

「盗み聞きしてたの~? 趣味わる~い」

「うっさいわね! 聞こえてきたのよ!」

アグマがひじ置きとしてされるがままになりながら指摘すると、図星をつかれたのか少し焦りながらベレッツァが声をあげる。

「とにかく! あんたがとてもとても結婚できるような男神じゃない、不埒で無礼で横暴で、ついでにスケベな輩だと思わせればいいのよ!」

こうしてここに、レヴィのダメ男作戦が幕を開いたのである。

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